くだんのママ

今週のお題「憧れの人」

「母が死んだ!」

突然、リョウが叫んだ。

「飛鳥玲子博士が?有名な考古学者だったよなー、飛鳥博士は。」

正直言うと、おれは飛鳥博士のファンだった。いや、憧れていた。しかし、おれの

親友、飛鳥リョウの母親だ。親友の母親に憧れているなんて、リョウには知られたく

なかった。だから、半分間の抜けた様な返事をしてしまった。

 

「母が何故死んだのか、知りたくないか?」

「あ、ああ・・事故か、何かか?」

「自殺だ。ガソリンをかぶって、家の庭で焼身自殺した」

「どうして、そんな・・・」

「おれは、そこに居合わせた。」

「・・・」

「母の最後の言葉は、『リョウ、もっとガソリンをかけて』・・・そんな

異常な最期だった」

 

リョウの運転する車は、暗い郊外の道を走っていた。リョウのやり場の無い怒りと

悲しみが、車を猛スピードで走らせていた。

「降りてくれ」

急に車を止めて、リョウが言った。目の前に黒々とした洋館が、リョウの家があっ

た。その門が開き、おれ、不動アキラの人生は大きく変わることになる。そのときは

考えもしなかった。人生が変わるどころか、もうとても「人生」などと呼べない

ものになるとは・・・。

 

「来てくれ」

リョウがおれを、家の二階に案内した。

「俺の部屋だ」

8畳間の洋室だった。

「ここに何が?」

「ここで待つんだ」

「待つ?何を?」

「アレが来るのを」

重苦しい空気が、それ以上、質問するのを許さなかった。

 

・・ミシッ、・・ミシッ・・

「来たっ!!」

「なっ、何がっ?」

何かが階段を上っている。巨大な何かが、ゆっくりと。そうとう重いもののはずだ

が、あまりにも、ゆっくりなので足音がほとんど聞こえない。階段が軋む音だけだ。

牛?「牛歩」という言葉があるが、牛がここの階段を上って来れば、こんな感じに

なるかもしれない。

 

バン!!

部屋のドアが大きな音を立てて開き、女の顔が現れた。

「飛鳥博士・・・」

おれは、それ以上言えなかった。

変わり果てた飛鳥玲子博士の姿があった。おれの憧れの人が、首から下は獣に、牛に

なっていた。

「やあ、母さん、今夜も何か言うことがあるのかい?」

飛鳥博士の姿よりも、リョウの落ち着きぶりの方が奇妙だった。

「リョウ、あなたはアキラさんを殺すわ」

怪物なのに、美しい声で飛鳥博士は答えた。

そして、目だけ動かしておれの方を見ると

「アキラさん、あなたは私を殺して、世界を滅ぼすわ」

ブリッ!!ブリリリッ!!

突然、化物の飛鳥博士は、その場に糞を垂れた。

大量の糞の中に、丸いものがあり、糞にまみれていない部分は人間の顔だった。

おれは、叫んだ。

「美樹ッ!!」

 

-----------------------------------------------------------------------------------------

コンセプト:小松左京

モトネタ:永井豪

もっとモトネタ:内田百鬼園