リンゴ狩り

イチロー君は持っていたスナイパーズライフルで狙いをつけました。

リンゴたちは空中でホバリング状態でした。普段は時速数キロメートルで

ゆっくり飛んでいる事もあれば、時速160キロメートルくらいで

人間にぶつかって来る事もあります。人間は、そんなリンゴがぶつかったら、

一溜まりも無い。大怪我をするか悪くすると、あの世行きです。

そういう暴れ者のリンゴを「処理」するために、イチロー君のような

危険青果物取締官がいるのです。

 

スコープのクロスゲージが一個のリンゴを捉えました。間髪を入れず

イチロー君の人差し指だけが動いてトリガーを引きます。ターゲットの

リンゴは空中で四散しました。

 

これで、今日の食い扶持が出来たな。そう思ったイチロー君は帰り支度を

始めました。無駄な殺生はしない主義なのです。

 

突然、左斜め上から、一個のリンゴがイチロー君目掛けて、猛スピードで

ぶつかってきました。咄嗟にイチロー君は左肩に吊ったホルスターから

ベレッタを抜いて、4発撃ちました。2発が命中して、リンゴは粉々に

なりました。

「危ねえ。油断も隙も・・・」

 

リンゴが仲間同士で意思疎通をしているかは、まだ詳しく分かっていません。

もう、20年以上研究されているのですが、大雑把な見解としては、猫程度

の自律した意識(?)があって、仲間意識も猫程度と言われています。

 

「リンゴってのは、いつも人間の斜め上を行きやがる」

不意打ちを食らったイチロー君も、ご機嫌が斜めでした。

 

**

イチロー君は砕け散ったリンゴの破片を官給品のビニール袋に入れて、危険青果物

取り扱いの事務所へと向かいました。半官半民のこの事務所は、粉砕されたリンゴ

をグラム幾らで買い取ってくれるのです。

 

「今日は2400円だねえ」

係官は計りに乗せられたリンゴの破片と針の目盛りを交互に見て、そう言いました。

「結構」

イチロー君は、いつも「結構」の一言で済ますので、相手の係官も2400円を

カウンターに出し、受け取りの領収書にサインと捺印を、と求めました。

「一日2400円で暮らせるのかね」

「大きなお世話だ」

「今時、君見たいのは珍しいんだよ」

「だから、何だ?」

「官給品で短機関銃の余ったやつがある。ライフルの代わりに使ってみちゃあ

どうかな?」

「どんなやつだ?」

H&K MP5

「銃身は普通のやつか」

「クルツだよ。扱いやすいと思うが・・」

「試し撃ちできるか」

「ああ、裏庭で出来る」

 

イチロー君は事務所の建物の裏に出て、係官が軽機関銃を持って来るのを

待っていました。何となく、家で待っているクミコの事や、

暮らし向きの事などを、ぼんやりと考えていました。

 

**

「係官のやつ、いいかげんな事を・・」

MP5クルツが取り回しのいい状況と言うのは、屋内戦直前の秘匿携行の時だ。

試射をやった時、フラッシュ・ハイダーが無いのに気づき、係官に皮手袋を

持って来るように言わなくちゃならなかった。そしたら、鍋掴みのような

ミトン型を持って来るじゃあないか。こんな手袋をしてたら、

トリガーが引けないから、左手だけ手袋、右手は素手だ。ベレッタを両手で

撃つ時は、左手も手袋をはずさなきゃ・・・

 

頭の中で文句を言いながら、リンゴが群れている場所の近くまで、イチロー君は

やって来ました。

3発バーストで狙うよりも一気に掃射した方がいいな。そう思った

イチロー君は、フルオートにセットしました。軽機関銃で上方を掃射する

のは、簡単なようでいてコツがいります。真横に掃射するときは腰を据えて

水平に振れば、ブレることも無いのですが、上方掃射は左右角だけでなく、

上下角のブレも押さえなくてはなりません。

 

イチロー君の作戦はこうでした。20個近いリンゴをMP5

なぎ払って、残り5,6個にする。地上に落ちたリンゴの破片を

拾いに近づいたとき、襲ってくるリンゴがあれば、ベレッタで

1個ずつ、確実に仕留めていく。今日は両肩にホルスターを

吊るして、ベレッタ2丁を用意しています。弾倉も4個あります。

イチロー君は至近距離での射撃には自信がありました。

しかし、リンゴが10個以上群れているときは、近接戦は絶対に

避けて、専ら狙撃だけを行ってきました。

5,6個のリンゴが相手ならば、俺が勝つ。

自信も勝算もありました。

 

**

イチロー君はリンゴの群れが浮遊している位置から、20mほど離れ

上方30度の角度で、MP5を掃射しました。「扇形に撃つ。弧を描くように」

自分に言い聞かせながら、30発の弾倉2個が空になるまで、フルオートで

撃ちつづけました。係官が用意したものには曳光弾が混ざってました。

イチロー君は自分の撃つ曳光弾の、きれいな軌跡に見取れていました。

 

リンゴたちは、バラバラになって地上に落ちるもの、飛び去るもの、

辺りを右往左往するものが、ありましたが、8割方「処分」できました。

 

イチロー君は、警戒しながら地上に落ちたリンゴの破片を取りに

前へと進みました。官給品のビニール袋には入りきらないほどたくさんの

リンゴの破片が散らばっていたので

「一回じゃムリだな」

と思ったイチロー君は、一度、事務所に戻って換金してから、また来る事に

しました。

 

ふいに、斜め後ろから何かが飛んでくる気配がしました。イチロー君は

咄嗟に振り向くと同時に、ベレッタを構えていました。リンゴだと思った時には

既に3発撃っていました。更に、左に2個、右にも2個、同時に急襲して

来ます。ベレッタ2丁を両手に、撃ち捲くります。4個のリンゴは吹き飛び

ました。

 

そこへ、またも、一個のリンゴが・・・。

ベレッタの引き金を引いた時、違和感を感じ、咄嗟に2丁とも投げ捨てました。

頭を両腕で庇ったまま横に転がって、小さな岩の陰に隠れます。

 

イチロー君はゆっくりとナイフを抜きました。MP5はベレッタの辺りに

置いてきてしまいました。頼りにしていたベレッタは、2丁同時に

ジャミングを起こし、使い物にはならなくなりました。

 

左肩のショルダーループに挟んであったミトン型の皮手袋を外して、右手にだけ

手袋を嵌めます。左で逆手にナイフを持って、額の真ん中にツカの部分をあてます。

右の手のひらを、ナイフのツカと額の間に滑り込ませると、

まるで犀のように、額に一本角が生えているかの様に見えます。

 

リンゴが真っ直ぐに飛んで来てくれれば・・・。

イチロー君は右上にリンゴの姿を捉えました。

即座に立ち上がると、ナイフの角が生えた額を真っ直ぐリンゴに向けました。

「来い。こっちへ真っ直ぐ、ぶつかって来い」

時速160kmのストレートでリンゴがイチロー君の額に・・・

 

ガシッ!!

 

ナイフがリンゴを受け止めて、串刺しにしました。しかし、リンゴの

芯を貫いているかは、わかりません。イチロー君は、右手で小型のナイフを

取り出して、串刺しになっているリンゴの真横から止めの一撃を

くれてやりました。

 

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長い一日が終りました。事務所で21個分のリンゴの破片を換金して

イチロー君は家に戻ります。

 

小さな家の中で同棲しているクミコが、慌しく荷物をまとめています。

「どうしたんだ?」

「出て行くわ」

「何故?」

「もう、ウンザリ」

「おれは、今日50200円も稼いで来たんだ」

「だから、何?」

「金はこれからも稼ぐし、いい暮らしもできる」

「あのリンゴがどこで栽培されているか、知ってるの?」

栽培じゃない。全部、野生のリンゴだ」

「本当に知らないのね」

クミコはへそくりで買ったトランジスタラジオを取り出すと

「もうじきニュースの時間だわ。本当の事がわかるから」

・・・ラジオがニュースを伝え始めました。

 

**

「ニュースの時間です。栽培されている生物兵器ナノマシン制御系が、一段と向上し一気に実用化へと向かいそうです。この生物兵器は一見果物の形をしており、細胞単位でナノマシンが組み込まれていて、標的を探知すると最大スピード約200kmで目標物に体当たりし、生物兵器自体が爆発し目標物を破壊します。今まで火星某所で8年以上にわたり実験を繰り返していましたが、このほど、ようやく軍用兵器として実用化の目途が立ちました。・・・次のニュースです」

「・・火星?ここが?」

「そうよ。正確には火星北半球第7区特殊人格者収容所」

「特殊・・何だって?」

「ソシオパスのことよ。反社会的な傾向の強い人格の持ち主、あなたみたいな」

「で、その収容所なのか?」

「わたしはソーシャルワーカーだけど、実際は看守なのよ」

「じゃあ、おれは囚人で看守の君と何度も寝てる訳だ。そんな馬鹿な話・・」

「それも、仕事の一部だったけれど、これで終わり。あなたのこと大っ嫌いだった

わ」

「つまり、同棲しながら昼も夜も監視してたのか?」

「ええ、ええ、ホントうんざりだった。この2年」

「この後、どうなる?」

「あなたは囚人だからずっと此処に。わたしは地球へもどるわ」

「リンゴ狩りの仕事は、どうなる」

「仕事?そうね、あなたの大好きなお仕事は、もう・・用済みになったのよ、あな

た」

「・・・」

「昔の事って覚えてる?」

「いや、1年くらいで、すぐ忘れてしまう」

「あなたが15歳の時、性格分析テストを受けてるのよ。VK式って言われてるけれ

ど」

「覚えてない」

「でしょうね。あなたはハイスクールへは進学せずにここへ連れて来られた。リンゴ

の実験は既に始まっていて、あなたは来る日も来る日も、大好きなお仕事。あなた、

今19歳よ」

「じゃあ、4年間ここで」

「年上の恋人がいたの、覚えていない?」

「いや」

「わたしの前任者よ。まったく、初体験の相手の事まで・・本当にソシオパスね」

「・・・」

「どんな気分?」

「いや、別にこれと言って・・」

「普通の人なら、突然の事で信じられなくとも、徐々に感情がわきあがってくるわ。

悲しみ、とか、怒り、とか、絶望がね。でも、あなたは幾ら待っていても永遠に

このままなのよ」

「このままなのか?」

「永遠に・・」

 

(終わり)